昨年の春、加藤版画研究所の加藤さんから、私の絵を木版画に創らせてはくれないか、とのお話しがありました。ところが版画については、若い頃より興味と関心は持っておりましたものの、何の知識もなく、私の作品がどのように仕上げられるのか、見当もつけられませんでした。そこで参考にと持参下さったこれまで同所で創作の、梅原、坂本先生をはじめ、熊谷、夢二など諸先輩の作品を拝見致しました。いろいろと見ておりますうちに、版画の楽しい雰囲気につりこまれ、一層の興味を煽られました。
それではと、試験的に一枚創っていただくやうにとお願いしました。さてどんなものが出来上るのか、どのように版画の味を生かしてくれるのか、原画の複製じゃつまらないなどと 思いめぐらせながら、秘かに期待しておりました。そして約三ケ月経ち、試し刷を見せて貰いました。私の拙い絵がこんなにも素晴しい版画として、別の世界に再び生かされるのかと本当に叱驚しました。ますます興味を抱かされ、制作の過程も是非知りたく、ある一日加藤さんの工房を訪れ、仕事の現場で、創作版画とは如何なるものか、どのやうにして造られるのか、いろいろと教えていただきました。
先ず版木と紙の選択、彫りの部分構成、絵具の取合せ、ついで色分け、摺師のバレンの手加減など、この道二十余年に及ぶベテランの仕事ぶりを拝見して、その尊い経験と苦心と努力に頭の下がる思ひが致しました。古来より木版画とは絵師、彫師、摺師と、三者の綜合芸術であると云われておりますが、近代版画に於ては特に、色分けが作品の良否を左右する貴重な蔭の存在であることもよく判りました。また一面、版下が如何に重要であり、デッサンの一線一劃がどんなに大切であるか、泌々考へさせられました。
かくして一年有余、幾度も校正を重ねて、漸く第一輯六点が完成いたしました。幸いにも版元をはじめ、人間国宝の彫師、摺師にめぐまれ、お蔭で見事な作品に仕上げていただきました。まことに楽しくうれしく存じます。
(昭和45年9月 毎日新聞原稿より)